妥協と判断は紙一重

子どもの発達

こんにちは。店主です。

駄菓子屋かしづきを始めてから幾度となく聞かれる「なんで駄菓子屋を始めたんですか?」の質問。これに関しては話すと長くなっちゃうので、いつも「多様な関わりが大事だと思うから」と一言で返答してしまうことが多いもの。「子どもの居場所大事ですよね!」と共感いただくことも多いですし、それもその通りなのですが、目的は居場所づくりというよりも関わりを設計したいというのが本音です。その関わりとは、言葉を交わすとか挨拶をするというだけではなく、何かしらの影響を与えるということ。来てくれる子全員はおろか、9割の子には影響などできていないかもしれない。けど1割の子に何かしらの影響を与えられていれば嬉しいものです。

 

さて、今日これから話すのは、ある特定の人のことではなく、過去に関わった患者さんの傾向を統合して私が感じたことです。

私は理学療法士として日頃から「痛み」を扱うことが多いです。この「痛み」に関する知識についての詳細は割愛しますが、前提として「痛み」とは「情動体験」であるというのが、現在の国際疼痛学会の定義。この辺の話は話すと超長くなるので、またの機会に紹介できたらいいなと思います。

慢性的な痛みに悩まされている人は少なくありません。日本人の約8割は腰痛に悩まされる経験があルト言われており、私自身も今年は年始から腰痛に襲われました。

痛みの原因として「ストレス」があるという話を聞いたことのある人も少なくないと思います。ストレスは様々な生理的反応を介して痛みに影響するということは科学的にも報告されています。

つまり「ストレスの抱えやすさ」は「慢性疼痛の要因」になると思っていただいても良いでしょう。

では、ストレスを抱えやすい人というのはどのような人でしょうか?
これも本当に様々な意見が上がってくると思います。挙げたらキリがないのでここでは列挙することはしませんが、過去に関わった患者さんの傾向として「妥協しない」人があるかと思います。

妥協しないという表現は、あくまでも客観的な視点です。
本人は「頑張っているつもりはない」という認知ですが、第三者からは「いつも完璧を追求していて、多動でエネルギッシュですごい」と見られる人は皆さんの周りにもいるのではないでしょうか。

もちろん、それでいて何からしら身体症状などが出ていなければ良いのですが、中には明らかにオーバーワークからくる自律神経症状のようなものに悩まされている人も少なくありません。不眠、動悸、肩こり、歯軋りなどなど、、

 

「アレキシサイミア」という言葉を専門職以外で聞いたことがある人は少ないでしょう。アレキシサイミアとは、自身の感情認知が困難な心理特性のことです。「嬉しい」「悲しい」「疲れた」「不快」などの感情に気づけず、オーバーワークになったりしやすく自律神経の失調などにも繋がりやすいと考えられています。

アレキシサイミアと慢性疼痛の関連も示唆されており、心理特性に関する問題意識というのを痛みの臨床現場にいる私は感じずにはいられません。

では、アレキシサイミアはどのようなことが影響してその特性が培われるのでしょうか?エビデンスとして報告されているものの中に「親の養育態度」があります。

例えば、母親のケアの低さや過保護は、子のアレキシサイミア傾向と関連しているという報告があります。(F.A.Thorberg.2011

例えば「泣いたら気づいてくれる」「お母さんと遊ぶと楽しい」といった経験の不足だったり、逆に「全て親がしてくれて、自分で達成して嬉しい気持ちを持った経験がない」など。こうした養育環境の要因によって心理特性が後天的に培われることがあるのです。

 

また、例えば条件付きの承認を得て育った人。「テストの点数が良いと認めてもらえた」「偏差値の高い学校へ行くことで愛情を感じれた」というタイプの養育環境で育った場合、過剰努力がデフォルトモードに設定されているケースも少なくないでしょう。

幼少期は「これくらい頑張れば親に認めてもらえるんだ」と必死になり、それで適応して、学生時代は高努力に適応し優秀に育つ。ストレスの自覚は低い状態。

それが中高年になった際に、交感神経の過活動状態が続き様々な身体症状が出現するようになります。

つまり交感神経優位で”頑張れる”ように適応した結果、ストレスを溜め込む(気づかない)構造が出来上がるということです。

このような患者さんの症状を改善させるのは易しいことではありません。
私も日々の臨床で悩み、考え、試行錯誤の連続です。

一つ言えるのは、このような人に対して

「もっと休みましょう」
「ストレス溜めすぎですよ」

は効果がありません。

本人の自己認識は「これが普通」「自分これくらいできる」であり、それがアイデンティティとなっているのです。

なので、そこを揺るがすと不安が強くなります。

なので患者さんには身体感覚ベース(コリ感・不眠・呼吸の浅さなど)で自分の交感神経の過活動状態(ストレスを抑圧して頑張っている状態)を把握してもらうようにしています。

そして「休むことは怠け」というような価値観を少しでも崩せるように、タイトルにも挙げた言葉をお伝えしています。

“妥協と判断は紙一重”

これはトレイルランナー井原知一さんの名言(を戦友こじさんに教えてもらったの)です。

私も趣味のトレイルランニングをしていると、常に妥協したい気持ちに襲われます。例えば、「この登りは走った方がいいのか?」という場面。

短い距離のレースの場合、そこを歩くのは妥協です。なぜなら3時間程度で終わる、走っても体力が持つレースなので。、ればタイムを縮められるのに体力温存する必要もないのです。

しかし100kmを超えるような長いレースの場合は違います。序盤から登りも走ることで、一見タイムは縮むように思えます。

しかし実際は脚を削られ、後半には脚が動かなくなってしまうことに影響します。

私も当初は「序盤に妥協せずに頑張って、後半潰れる」という経験をたくさんしました。そこで学習して、なるべく序盤は頑張らずに温存するようになりました。これが妥協ではなく、判断です。

ただ、ゴール後にはいつも「あの場面はもう少し走れたかな。頑張れたかな。」という反省がつきもの。妥協と判断は紙一重ということですね。

話を戻しますが、素晴らしい活躍をされている方々は周りから見るととてつもない努力をサラッとやっています。しかし、その反面で体調を崩してしまう人も少なくありません。

妥協と判断は紙一重。身体症状は「妥協をしない」という価値観のもと、判断を見送った結果であること。

そういったことをお伝えし、失敗を繰り返しながら上手く判断できるようになることが、自身の症状との付き合い方であると思う今日この頃。

駄菓子屋で「影響したい」というのは、こういった価値観なども一つです。

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