駄菓子屋という拠点〜橋渡し型ソーシャルキャピタルの可能性〜

バショ

こんにちは。ささやんです。
本日の記事は、以前noteに記事を書いて反響のあったものをこちらのブログに転載して更新しております。

少し専門的な話も含まれて難しく感じてしまうかもしれませんが、とても大切なお話なのではないかと思うので是非お読みいただけたら嬉しいです。

ソーシャルキャピタルという概念

これまでにも私はおそらくどこかでソーシャルキャピタルという言葉を使ってきています。この言葉は地域の関係性を理論的に説明する概念であり、社会関係資本とも呼ばれます。

アメリカの政治学者であるパットナムによれば、ソーシャルキャピタルとは「社会的な繋がりとそこから生まれる規範・信頼であり、共通の目的に向けて効果的に協調行動へと導く社会組織の特徴」とされています。

わかりやすく一言で言えば、東日本大震災の時にも注目された「絆」というようなもの。人々が互いに信頼しあって、ルールに基づき協調的に繋がりあっている地域ほど健康に暮らせるし、子どもも健やかに育つし、子育てしやすいし、治安も安全ですよ。と言われています。

なのでソーシャルキャピタルの概念は健康日本21でも重要視されており、政策に反映されるなど注目を浴びています。

このソーシャルキャピタルを少し細かく考えた際に、大きく2パターンの性質があると言われています。それが「結束型」「橋渡し型」というもの。

結束型ソーシャルキャピタルとは同質性の高い資源であり、簡単に言えばコミュニティのイメージ(私もまだ不勉強なので、コミュニティとイコールではないとは思いますが)。結束型の例を挙げると、家族や子供会、自治体、会員制のクラブ、組合などの「絆」が作用するような社会関係資本のことを言うそうです。

それに対して橋渡し型のソーシャルキャピタルとは多様性のある資源であり、もっとゆるく浅い繋がりのこと。所属する訳でもなく、「名前も住所も知らないけれど顔はわかる」と言った緩い結びつきの社会関係資本のことを言います。(私の解釈が間違っていたらごめんなさい)

これらはどちらが良い・悪いではなく、それぞれメリット・デメリットがあり相互に補完し合うように大切なものとのこと。

例えばコミュニティの重要性は近年でよく言われるところではありますが、コミュニティ色の強い結束型ソーシャルキャピタルのデメリットに、内部志向的であるため「排他性」 につながることもありうると言われます。

これに対して、橋渡し型のソーシャルキャピタルは、より弱く、より薄いものの、より横断的なつながりとして特徴付けられ、 社会の潤滑油とも言うべき役割を果たすとみられているのです。なので橋渡し型のソーシャルキャピタルが、地域の中で人と人、人と社会を繋げる(結束型ソーシャルキャピタルへ繋げるリンクワーカー、ソーシャルワーカー的な)役割を担うとも言える訳です。

そしてこれこそ、私が「こども食堂」ではなく「駄菓子屋」を始めようと思った理由なのです。

「こども食堂」と「駄菓子屋」の違い

今年の春に、CHANTO WEBというメディアに取材を受けて記事になりました(大変反響を頂いております。ありがとうございます。)

足立区の理学療法士パパが「こども食堂」ではなく「駄菓子屋」を始めた深い訳 | CHANTO 一軒家の軒先にあるかしづき 東京・足立区の小学校のそばの住宅を借り、月に3回ほど開店している昔ながらの駄菓子屋さんがありま chanto.jp.net

こちらの記事にも少しだけ紹介しました「こども食堂ではなく駄菓子屋を始めた理由」なのですが、それがまさに「橋渡し型ソーシャルキャピタルが重要」だと思ったからなのです。

記事内にもあるように、私は最初こども食堂をやろうと考えました。
こども食堂はまさに「結束型ソーシャルキャピタル」であり、非常に重要な取り組みです。

しかし私自身の性格が人見知りなのもあり、「見ず知らずの人ばかりのコミュニティってハードル高いよな」と思ったのが第一。

それと、こども食堂自体は「名前も住所も登録する」「親の申し込みが必要」というような、いわば会員制コミュニティに近いなぁというハードルの高さを感じたのです(責任問題も問われるでしょうし、こども食堂を運営している方々を尊敬しております)

なのでもっとゆるやかで、名前も住所も知らないけれど、顔はわかり挨拶はするというような中距離的な関係を築けるような橋渡し型ソーシャルキャピタルを仕掛けたいと思ったのでした。

「ソーシャル・キャピタルの今日的意義と都市政策への応用可能性」より画像引用

実際に駄菓子屋を運営して

そんな想いから始めた駄菓子屋ですが、当初思っていた以上に地域の繋がりを作れていると感じれています。

子どもたちや保護者の方とは街中で会えば挨拶をする関係にもなりました。

ちょっとした子どものカラダの相談を受けたり
保護者の方自身の相談を受けたり
さりげなく子どものポジティブな変化をフィードバックしたりと

私たちの駄菓子屋が一つの拠点として、ちょっとした相談場所にもなっているかなと思えることもあります。

しかし課題もまだまだ沢山あります。

これは橋渡し型ソーシャルキャピタルのデメリットとしても挙げられる点なのですが、継続的な関わりを維持できる保証がないということ。

これはつまり「ちょっと気になる子、親子」と一度偶然出会えても、そこから継続的な関わりに繋げられる保証がないということです。

もちろんそこから継続的に通ってくれる人もいますし、結束型ソーシャルキャピタルはハードルが高いという人にとってゆるやかな社会関係資本になっているとは思える場面もあります。

今後も工夫をしていきながら、「私たちー地域の子ども・子育て層の方々」という関係性にとどまらず、何かしらの仕掛けをしていく中で「子どもー子ども」「子どもー別の子の保護者」「保護者ー保護者」というような関係性を構築するデザインを練っていきたいなと思います。

それがソーシャルキャピタルの醸成のための仕掛けであり、地域で子どもを育てる大切な資本になると思うのです。

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